いけずのいけす

すっきり整った暮らしを夢想するアラサーゆるゆるオフィスレディです。

婚姻届提出に寄せて

転居を機に婚姻届を出した。結婚式から2年以上、事実婚状態のまま引っ張ってきたが、遂に年貢の納め時というわけだ。
婚姻届提出に伴い私には苗字変更の義務が生じたが、これが本当に苦痛で、今なお全くポジティブに受け止められていないことを記しておく。


まず事務的な話で言えば、名前を登録しているあらゆるものを変更しなければいけない(まだほとんどしていない)手間と労力を思うと気が遠くなる。今時は住所変更くらいはネットで手続きできることもあるが、名前となるといきおい重要度が増すらしく、手続きの煩雑度合いがぐっと上がる。「名前を変えないといけないのはお年玉をためていた銀行口座くらいかしら」みたいな妻が多ければそう問題ないかもしれないが(専業主婦が多かった時代はそうだったのだろうか)、今は令和なので話が全く異なる。運転免許証、複数の銀行口座、複数のクレジットカード、その口座やクレジットカードに紐付いたこれまた複数の支払い、証券口座、携帯電話、パスポート、保険、エトセトラ、エトセトラ。これをひとつひとつ変えていく手間を、夫婦の「片方のみ」が押し付けられるのは不条理である。


より精神的な話で言えば、長年連れそった氏名を強制的に変更させられることは想像以上に私の気持ちを沈ませた。苗字と名前がセットになった一連の「氏名」でこれまで30年近く生きてきて、苗字まで含めての「わたし」だったのに、その半分を法制度によって奪われるというのは非常に理不尽なものに思われた。個人のアイデンティティを軽視しているとしか思えない。いや実際、この国はそういう国だけれども。


日本に昔からある「諱」的考えでは、名前というのは自分自身と深く結びついたとても重要なもので、名を知られることは魂を支配されることと同義であった。ということは、名を変えさせられるということは、魂を変えさせられるのと同義と考えられる。

ここで、個人の人権が尊重される国であれば「だから制度で改姓を強要すべきでない」となるわけだが、ジェンダーギャップ著しく家父長制が前提の我が邦では「だからこそ婚姻に伴い改姓する必要がある」と考えているところが救えない。婚姻とは家族になること、だから自分だけじゃなくて、家族の繋がりを大事にしないといけないよね、自分も変わらないといけないよね、だから名前も変えようね、女の人がね、というわけだ。もちろん、こう言ったことを表立って言われる機会は減っていると思うが、制度がそうなっているのだから言われているも同然だ。改姓による夫の姓への従属が強制されれば、それは意識的にしろ無意識的にしろ、精神的な従属に繋がっていく。何故なら、名前とは自分そのものだからだ。

婚姻による改姓義務は、名前の重要性を分かっていないのではなくて、分かっているからこそ、「伝統的な日本の家族のあり方(笑)」を維持するための重要ツールとして課されているものなのである。


選択的夫婦別姓に関する議論を見ていても、導入に反対する人の意見は別姓による「家族」への精神的な悪影響を懸念しているものが多い。曰く、家族の繋がりが薄れるとか、子供が家族への帰属感を持てないとか。改姓による女性のキャリアの分断のような、時代に合わない具体的な弊害が出ているにも関わらず、こんな精神論にしがみついているところには恐れ入る。私はこの国の文化や気候が好きだし、どちらかといえば愛国心が強い方だと思って育ってきたが、こういった事実に直面するにつれ、この国が嫌いになっていく。好きだったものを嫌いになっていくというのは、なんとも悲しいものなのだが、それでも嫌悪感は拭えない。

ちなみに子供への悪影響について、私の親も事実婚なので小さいときに自分と母との苗字の不一致について疑問を投げかけたことがあるように思うが、母は「そういうものなのよ」と言い、私も「そういうものなのね」と納得して、それ以上でも以下でもなかった。ご飯を作ってくれて、遊びに連れて行ってくれて、お話を聞いてくれて、そんな母との生活のなかで「でも苗字が違うんだよな」と引っかかりを覚えることなんてあるだろうか?苗字が同じことよりも、普段可愛がってくれる方が数億倍大事である。


また、私のしんどさを加速させるのが、普段話しているときはごくごく普通で、男尊女卑的・家父長制的な考えが強いとも思われない同僚なんかが、これまたごく当たり前のように「苗字は何になったの?」と聞いてくることである。この国では結婚したら女が苗字を変えるのが当然で、それ以外の選択肢など無いに等しいのだと痛感させられるし、それが特別偏った思想というわけでもなく「普通の人」の共通感覚なんだと分かるからだ。あまねく普通の人の意識を変えるのは、急進派を黙らせるよりもよっぽど難しいだろう。


その点、役所の人はさすがによく配慮してくるというか、手続きについて聞いたときも「姓はどちらに揃えられますか」と聞いてきてくれた。選択的夫婦別姓導入までの道のりははるか長いと思うが、せめて人々の意識がこういうふうに変わってきてほしい。