いけずのいけす

すっきり整った暮らしを夢想するアラサーゆるゆるオフィスレディです。

大人は盆踊りを恐れない

実家の前にある公園では、夏になると盆踊りが開催されていた。決して大きくないお祭りだが、浴衣を着て出かけて出店を回る特別感は格別で、毎年楽しみな行事のひとつだった。

ただ、メインの盆踊りそのものには終ぞ加わったことがなかった。私は人前で失敗することをたいへん怖がるこどもだったので、事前に十分に練習してそれなりに上手くできるという自信がないと駄目なのだ。そのため、堂々と踊る人々の輪の中に飛び込んで、見よう見まねでやってみる、というような行為は最も苦手とするものなのだった。

さて、そこから早くも20年近く経った今現在、転居先での初めての夏を迎えている。日曜日の夕方、バルコニーから聞こえる曲に惹かれて外に出て、普段行かない道を進むと、ちょっとした公園。中央には盆踊りの櫓があった。ケバブを食べ、チョコバナナを食べ、ポップコーンを食べていた頃、やおら聞き慣れた曲が始まった。踊りの輪からそっと距離をとる。だが、踊る人々をぼんやりと、いくばくかの羨望の眼差しでもって眺めていたとき時、私は気づいたのだ。


どうやら、踊っている人のほとんどは踊りをよく知らないんだ!

それでも、なんだか楽しそうに踊ってるんだ!

という事実に。


正しくは、真ん中の櫓の上で踊っている人達はしっかりと振り付けを覚えているようだが、その周りの人は真ん中の人を横目にゆるゆると踊りらしき動きをしているに過ぎず、振りの大筋は間違っていないが、細かいところはかなり適当だ。でも、傍目に見ていてもそれは大して(というか、まるで)気にならないし、何より本人が楽しそうにしている。

盆踊りはそういうおおらかなものだと、今になってようやく知った。


こと自分に限って言えば、幼い頃の方が自分に厳しく、完璧主義者だったと思う。また、子供にとって大人は絶対的に上の存在で、分からないことなど何も無いように見えた。

けれど世間は意外とそうではないし、大人は意外と適当だ。一皮剥けて無事に適当な大人になり、大人も色々分かってないことが分かるようになった私は、齢28にして盆踊りに初参加し、分からないなりに適当に踊って、大いに楽しんだのである。